元禄と江戸のきもの

帯結びや着方を少し変えてみると、きものが生活に溶け込んでいた時代の着付の形に近づいてきます。 昔の着方が、新しい帯結びの形などにヒントを与えてくれることもあります。

テレビ局などでの時代考証も取り入れながら、きものの歴史を簡単に振り返ってみようと思います。

元禄と江戸
Asako Hirano

元禄と江戸

今のきものの形が定着し、きものの変化が最も表れているのが厳しい鎖国の下、日本独自の芸術が開花した江戸時代でしょう。

特に、元禄時代は小説の井原西鶴、俳諧の松尾芭蕉、劇作家の近松門左衛門、美術の尾形光琳そして、友禅を発明した宮崎友禅斎(後の加賀友禅)と、芸術が栄えた時代です。

年号でいえば1688〜1703年の16年ですが、時代考証に使われる元禄時代という概念はさまざまで、 五代将軍綱吉が政権の座にあった1680〜1709年とする場合も多いようです。

さて、絢爛豪華で優美な時代。 まさにバブルの全盛期だったとも思われます。

衣装も日ごとに華美になり、綱吉は庶民に対して衣類の制限までしています。 その反発もあってか伊達くらべ衣装くらべが各地で流行するようになりました。

また、忠臣蔵の事件が起きたのも元禄15年(1703年)です。 40年後、歌舞伎で仮名手本忠臣蔵が上演され江戸で大ヒットします。

元禄時代は、きものの文様・色目の優雅さは頂点に達したといっても良いでしょう。  その後、帯の幅が広くなり、帯に重点が置かれそして、その美しさを強調するためにきものの文様は小さくなり、洗練された美が生まれることになります。

元禄時代は、短い年数でありながらきものの変化の一番大きい、一番めんどうな時代とも言えるでしょう。